大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)3166号 判決

原告

五十嵐冨士雄

右訴訟代理人弁護士

久保田敏夫

被告

ユニオンソース株式会社社員持株会

右代表者理事

森下要一郎

被告

ユニオンソース株式会社

右代表者代表取締役

井草政吉

右両名訴訟代理人弁護士

松林詔八

主文

一  原告と被告ユニオンソース株式会社社員持株会との間において、原告が被告ユニオンソース株式会社の株式一万四三七〇株を所有していることを確認する。

二  被告ユニオンソース株式会社は、原告に対し、別紙株券目録記載の株券を引き渡せ。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、もと被告ユニオンソース株式会社(以下「被告会社」という。)の株主であって、その所有株式数は、一万四三七〇株であった。

被告会社は、昭和四二年五月二三日設立された、ソース、ケチャップ其の他調味料の製造等を目的とする株式会社である。

被告ユニオンソース株式会社社員持株会(以下「被告持株会」という。)は、昭和六二年五月一日に被告会社の従業員株主により設立された社員持株会であって、権利能力なき社団である。

2  被告会社は、原告の所有する株式一万四三七〇株についての別紙株券目録記載の株券(以下「本件株券」という。)を占有している。

3  しかるに、被告持株会は、原告が株式一万四三七〇株を所有する株主であることを争い、また、被告会社は、原告の本件株券の返還請求に応じない。

4  よって、原告は、株式所有権に基づき、被告持株会との間において、原告が被告会社の株式一万四三七〇株を所有していることの確認を求めるとともに、被告会社に対し、本件株券の引き渡しを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否請求原因事実は、すべて認める。

三  被告らの抗弁

1  被告持株会は、設立企画委員がユニオンソース株式会社社員持株会規約(以下「本件規約」という。)を作成して被告会社従業員から入会者を募り、昭和六二年五月一日に設立されたが、原告は、昭和六二年四月二七日、本件規約を承認の上、被告持株会の設立に参加し、同会に入会した。

2  被告持株会の会員は、本件規約により、全株式を被告持株会の理事長に管理信託し、入会前に所有していた株式に相応する被告持株会の所有株式の共有持分を有することとされている(以下、本件規約に基づく原告と被告持株会との間の契約を「本件契約」という。)。

3  したがって、原告は、本件契約により、被告会社の株主の地位を喪失した。

四  抗弁に対する認否

抗弁1は否認し、同2は認め、同3は争う。

五  再抗弁

本件契約は、株主の利益に不当に侵害し、また、株式の譲渡性を否定するものであるから、民法九〇条に違反し無効である。

六  再抗弁に対する被告らの認否

否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二抗弁1(原告の被告持株会への入会)及び再抗弁(本件契約が民法九〇条に違反する旨の)について

1  証拠(〈書証番号略〉、証人米田徹丸、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告会社は、昭和四三年ころ、都内の中小ソース製造業者一一社が集約化した際、その中核会社となり、それまで発行済株式総数一万四〇〇〇株(額面金額は一株五〇〇円)、資本金七〇〇万円であったものを同年から昭和四四年にかけて三回の増資を行うことにより、発行済株式総数一〇万株、資本金五〇〇〇万円とし、増資の際に集約化に参加した各ソース製造業者がそれぞれの営業実績等をもとに株式の割当てを受け、株主として資本参加することにより、現在の規模となった。

(二)  原告は、有限会社関東第一ソース興業所の代表取締役であったが、同社も被告会社を中核とする同業者の集約化に参加し、被告会社の昭和四四年一月一日の増資の際に原告が資本金約五〇〇万円を出資し、原告は同社の従業員とともに被告会社に入社した。原告は、被告会社に入社後、同社の取締役の地位にあったが、昭和五五年には、代表取締役の井草政吉(以下「井草社長」という。)から酒席での発言を問題とされて取締役を辞任せざるをえなくなり、その後は、一従業員として被告会社に勤務を続けた。

(三)  被告会社は、昭和四六年にも増資し、現在の発行済株式総数は、一二万五〇〇〇株であるが、原告も昭和四四年以降、被告会社の株式を買い増しして、一万四三七〇株を所有しており、井草社長に次ぐ大株主であった。

(四)  被告会社は、昭和六二年四月に商法上の株式の譲渡制限を設定したが、そのころ、井草社長及び役員の一部の発案で、従業員が所有している同社の株式が社外に流出することを防ぐとともに従業員の労働意欲を高めるために従業員持株制度を採用することとし、本件規約を作成した上、被告会社の経理、総務の担当者であった五十嵐隆一郎、工藤和弘及び米田徹丸が設立企画委員となって被告会社の従業員株主に被告持株会への入会を呼び掛けた。原告は、そのころ、五十嵐隆一郎から被告持株会への入会を求められ、その際、同人から、口頭で、持株会は、株券の紛失を防ぎ、従業員の利益を守るための組織であり、被告会社の従業員株主は全員加入しなければならないといった程度の説明を受け、同年四月二七日、被告持株会に入会した。原告が入会の際に、署名押印した入会申込書には、本件規約を承認の上、被告持株会に入会を申し込む旨の記載があったが、本件規約が現実に原告に交付されたのは、入会後同年五月になってからであった。

(五)  本件規約の内容は、概ね次のとおりであった。

ア 被告持株会は、会員の所有する被告会社の株式を共有として、その管理運営を行うことを目的とし(本件規約二条)、被告会社の社員、役員及びその家族並びに被告会社の関連会社の社員、役員及びその家族は、被告会社の代表者及びその同族関係者並びに被告会社の発行済株式の一五パーセント以上を所有するグループの構成員を除き、役員会に加入を申請しなければならない(本件規約三条)。

イ 被告持株会は、理事長及び二名の理事を選出して、会社の承認を得て役員会を構成するが、役員の任期は特に定めない(本件規約四条)。

なお、会員の総会に当たる機関は存在せず、役員の選任手続きについても規定がなかった。

ウ 会員は、入会の前後に拘らず取得したすべての株式を理事長に管理信託し、理事長は、被告会社に株券の保管を委任して、被告会社に預かり証の発行を求める。会員は、入会前に所有していた株式に相応する被告持株会の所有株式の共有持分を有し、株主総会の議決権の行使は、会員の総意により行うものとする(本件規約五条)。

エ 会員は、自己の所有する持分を被告持株会以外には譲渡できず、会員が死亡し、又は会員資格を喪失したときは、同時に、その持分は、被告持株会に移転し、被告持株会は、配当還元方式で算定した価額(ただし、額面金額に満たない場合は額面金額)でこれを買い受ける(本件規約六条)。そして、被告持株会は、買い受けた持分を買受価額で会員に譲渡する(本件規約七条)。

なお、配当還元方式で算定した価額とは、額面金額に各事業年度における年平均配当率を乗じた数字を0.1で除した額を意味する(この点は、当事者間に争いがない。)。

(六)  被告持株会は、設立当時の被告会社の従業員株主の全員が入会し、被告会社の株式五万〇二二〇株を所有して会員数三二名で発足した。原告は、昭和六二年五月一日に自己の所有する株式についての本件株券を被告持株会を経由して被告会社に寄託した。その後、被告持株会は、被告会社の自己所有株式及び井草社長の所有株式を譲り受けたことにより所有株式を増やすとともに、新たに持分を取得して入会を希望する従業員を募ったため、現在では、八万一二八〇株を所有し、会員数四六名(原告を含む。)となっている。

(七)  原告は、平成元年二月二八日をもって被告会社を退社したが、同年三月二日、被告持株会より、原告に対して、被告持株会の所有株式の原告の共有持分を本件規約六条に基づき、その対価七一八万五〇〇〇円(額面金額)で被告持株会に移転した旨の通知がされた。

(八)  被告会社の製品の販売先は、地方の酒屋や外食産業系の問屋であり、経営状態は安定しており、従前から一割配当を継続している(被告会社が従前から一割配当を継続していることは、当事者間に争いがない。)。

被告会社の財務内容をみると、税引後の当期利益は、昭和六一年度が五二九六万六七三六円、昭和六二年度が五二五五万九九二八円、昭和六三年度が五六七〇万六二八二円であり、この中から、毎年株主に対する配当金としては六二五万円を支出しているのみで、その大部分を別途積立金として社内留保しており、その結果、昭和六三年度決算によれば、被告会社の純資産額は五億五八九七万八二八二円(うち剰余金四億一七一四万円)に達している。

以上の事実が認められ、証人米田徹丸の証言中、右認定に反する部分は、信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右1で認定した事実に基づいて、抗弁1及び再抗弁について判断する。

本件契約は、株主の利益に重大な影響を与える内容であることは明らかであるが、その締結に至る経緯をみると、原告は、契約締結前に本件規約を交付されていないばかりか、本件規約の内容について口頭で充分な説明を受けることもなく本件契約を締結したものであるから、契約締結前に本件契約の内容を了知しておらず、本件契約が有効に成立したとは認めがたいといわざるをえない。

しかし、仮にこの点をひとまず措くとしても、本件契約は、株主の投下資本の回収を著しく制限する不合理な契約として公序良俗に反し無効であるというべきである。

すなわち、本件契約では、被告持株会の会員は、いったん入会すると、自己の所有株式を再度取り戻す途はなく、退職等により退会する際には、自己の共有持分の譲渡を強制され、しかも譲渡価額は、配当還元方式による評価額(この額が額面金額に満たないときは額面金額)と定められている。被告会社は、一割配当を継続しているのであるから、配当還元方式による評価額は、常に額面金額となるが、他方、被告会社は、多額の配当可能利益がありながら、そのうちのごく一部のみを配当しているにすぎず、その結果として、莫大な社内留保金を抱え、取得後相当の年月が経過している原告の所有株式の時価が額面金額をはるかに上回っていることは容易に推認できるところである。

もっとも、被告会社の株式のような非上場株式については、任意に株式の譲受人を探しだすことも株式の時価を正確に定めることも実際上は困難であり、また、一割の配当率であっても、これを投資利回りとしてみれば金融機関の預金金利よりは高率であって、従業員の財産形成にそれなりに寄与しているといいうることも事実であるが、このような事情を勘案しても、本件契約において定められている共有持分の強制譲渡の対価の算定方式は、被告会社のように配当性向が低く、株式の価値のうちキャピタルゲインが極めて大きい場合には、キャピタルゲインの取得について何らの考慮も払っていない点において、株主の投下資本の回収を著しく制限する不合理なものといわざるをえず、公序良俗に反し無効というべきである。

三これまで述べたところによれば、原告の請求は、いずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官深山卓也)

別紙株券目録

いずれも、被告会社の額面五〇〇円の株券

株券の種類 株券番号 枚数(株式数)一〇〇〇株券 一二ないし一九、二五

九枚 九〇〇〇株

五〇〇株券 五ないし八、一六、一七、四二ないし四四

九枚 四五〇〇株

一〇〇株券 五〇二、五八七

二枚 二〇〇株

五〇株券 一ないし六、六九ないし七五        一三枚 六五〇株

一〇株券 四二、四三

二枚 二〇株

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例